一年宅浪して合格した京大生のリアルな受験記(宅浪編)

体験談

皆さんこんにちはパンダです。

今回は前回の現役不合格編に引き続き、一年間の宅浪生活について書いていきたいと思います。

この記事を読むことで、今受験を頑張っている皆さんのヒントやモチベーションになれると、とてもうれしいです。

もう一度、ゼロからのスタート

合格発表後も、どこか現実感のないまま3月を過ごしました。
正直、自分が本当に落ちたのか、心の底ではまだ受け止めきれていなかったのだと思います。

そんな状態の中、3月は高校時代の友人たちとたくさん遊びました。
勉強は一切せず、完全に“充電期間”として自分に時間を使うことに決めていました。
この時間があったからこそ、次の一年を前向きに迎えられたと、今では思います。

そして4月。
4月1日から勉強を始めると決めていた私は、自習室に向かい、机に向かって座りました。
この瞬間、ようやく「ああ、自分は本当に落ちたのだ」と実感しました。

正直、この瞬間が宅浪生活の中で最も苦しかったです。
今まで頑張ってきたのに、またここから1年間やり直さなければならないという事実が、重くのしかかってきました。


孤独な日々の中での支え

そこからは、孤独な戦いが始まりました。
朝は家で勉強し、昼からは自習室へ行き、夜にまた帰ってきて家で勉強する。
そんな毎日を、ただひたすら繰り返していました。

ですが、そんな中でも心を保てたのには、理由がありました。

まず、家族の存在です。
私は家族と仲が良い方で、毎日たくさん会話をしていました。
この会話が、孤独に向き合う日々の中で大きな支えになっていました。
もし家族と話さない家庭だったら、私は本当に精神的に持たなかったと思います。

もう一つの支えが、友人たちとの時間です。
月に2〜3回ほど、中学・高校時代の友人と遊びに行っていました。
この時間があったからこそ、リフレッシュすることができ、勉強を継続できたのだと思います。


地道な努力の積み重ね

勉強面では、浪人開始時点からA判定を取ることができていました。
ただ、それは現役時代に積み上げた“貯金”があったからで、油断してはいけないと自分に言い聞かせていました。

春、夏、秋と、ペースを乱すことなく、毎日同じように勉強を続けることができました。
「ここまで詰まらずに継続できるとは思わなかった」というのが正直な感想です。

ですが、そこには明確な理由がありました。
それは、「自分が決めた挑戦に対して、責任を持たなければならない」という思いです。
この気持ちが、自分を奮い立たせ、支えてくれたのだと思います。


2度目の共通テスト、そして2次試験へ

そして迎えた、2度目の共通テスト。
前年は緊張もせず、ぐっすり眠れて本番に臨めたのですが、今年は違いました。

「もう失敗はできない」「経済的にこれ以上浪人はできない」
そんなプレッシャーから、前日は2〜3時間しか眠れず、極度の不安を抱えたまま本番を迎えることになりました。

ですが、1年間の努力の積み重ねが実を結び、結果としては満足のいく点数を取ることができました。
無事、京都大学への出願を決め、そこからは二次試験に向けた30日間のラストスパートです。

この30日間もまた長く、苦しいものでした。
ですが、「ここまで来たら、あと30日頑張るだけ」と自分を奮い立たせ、最後まで走り抜けました。


合格発表、そして浪人を振り返って

迎えた2度目の京都大学二次試験。
前日、ついに一睡もできませんでした。
「まさか自分がこんなに緊張するとは」と、驚くと同時に焦りもありました。

それでも、本番では自分なりに落ち着いて解くことができ、
終わった後には「去年よりはできたかもしれない」という手応えがありました。

そして、合格発表。
ついに「合格」の二文字を見ることができました。

本当に、報われた思いでした。
1年間の苦しい日々、孤独との戦い、自分との対話――
そのすべてが、この瞬間のためにあったのだと、心から思いました。


浪人を経験して得たもの

浪人という道は、決して楽ではありませんでした。
もし選べるのなら、もちろん「現役で合格する」方が良いに決まっています。
それでも、浪人をしたからこそ見えた景色、得られた気づきが確かにありました。

まず、「自分は凡人であり、失敗することもある」ということ。
今まで、どこか他人事だった「失敗」を、自分の身で体験することで、驕りや甘さを捨てることができました。

次に、「環境の大切さ」にも気づきました。
浪人生活は時間がある分、自分と向き合う時間も多くなります。
その中で、支えてくれた家族、応援してくれた友人や先生方の存在の大きさを痛感しました。

宅浪で合格したと周囲に言うとすごい精神力だねと言われることが多いです。

しかし、私が宅浪に成功した最も大きな理由は周囲の環境に他なりません。要は私は運が良かったのです。

あの時に応援してくれた友達や卒業したにもかかわらずサポートしてくれた学校の先生、そして何よりも私の意志を尊重し一年の浪人生活を認めるとともに、一年間ずっとあらゆる面で支えてくれた家族の存在あってこその合格でした。

つまり一人で合格を掴んだように見えて、実際は多くの人の支えがあってこその合格だったのです。
浪人生活は、そんな「感謝」と「謙虚さ」を育んでくれる時間だったと思います。


最後に

浪人は、決して誰にでもおすすめできる道ではありません。
だけど、もし浪人することになっても、その時間を「意味のある1年」にできるかどうかは自分次第です。

そして、その意味を見出すことができたなら、浪人生活は人生にとって大きな財産になると、私は思っています。

以上パンダでした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました